エンドレスタイラー方式第三弾

曇 

 今日はキノコのためのホダ木にするためあまり太くないコナラを搬出とのこと。そのために某氏が8,9日の二日かけて架線を付け替え、10,11日も半日ずつかけて集材機の移動その他を行ったそうな。8,9は薪の会会員何人かが手伝いました(その中には写真をとっただけの役立たずも約1名)が、10,11は多分なし。週末(12,13)をどう過ごしたかはは云わずもがな。余計なことですが、本業は大丈夫なのかしら?でも失業してホームレスになってもsaruhanatreeと腹帯の小屋と2軒あるし、薪は充分あるから凍死はしないか。


 金車を5台使ってワイヤの方向の調節をしています。方向がちょっとずれるとプーリから外れて軸に巻き込まれてしまいます。船頭ひとりに手伝い(4−x)人、見物(4+x)人。ワイヤを張るのは3回目ですがその度毎に使える木は違うし、段々傾斜はきつくなるし、長くもなるし、技術が要ります。

 右の写真で皆が見ている先は下の写真のキャリアーの玉切り材です。よく見ると上に5,6人います。100mの標高差があると見えないし声も通らないし笛は情報量が少ないし、携帯が頼りだったようです。60本ほど搬出したとのこと。

私は只管玉切り、その他の人は薪束作り、薪小屋の屋根かけをした模様。


  
  一昨日で8ヶ月になりました。のど元過ぎればなんとやら、停電、断水で身につけた習慣もだんだん元に戻ってしまいました。お風呂の残り湯をトイレで使ったのも半年間でした。今残っているのは手近に紙があればそれでお皿を拭くことと以前よりは小まめに電気を消すことくらいでしょうか。
 でも大震災以前に増してやっていることがあります。
薪ストーブを燃すことです。ガソリン代その他を考えると省エネかどうか分かりませんが自分が燃さなければ結局キノコから炭酸ガスになるだけの話だから、と今日も“未乾燥玉切り材”を持ち帰ってきました。しかしひと夏野晒しになって我家の薪小屋に置くのはためらわれる質のものが次第に多くなってきています。右の写真の、運び出しても運び出しても元に戻る賽の河原の材を早くなんとかしないと。
 今日の“ショウルーム的薪棚”。800束収納可能が満杯になっていたはずですから300束くらいはけたのかな?